2016
09.16
Friday
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2016
08.01
Monday
「ヘッドホンをはずして、ちょっとだけ目を開けて」の巻
author : 山崎彬

夢に出てきたって話を聞かされたとき、夢の中の景色ではなく寝汗にまみれた寝顔が飛び込んできた。

 

梅雨はあけ太陽が本気を出し始めたころ、ぼくは地下に引きこもり、あいかわらず叫んだり飛び跳ねたりドラム缶に頭をぶつけたりヒザを怪我したりしていた。逃げるなと指さされてようとも、それが全力の逃亡なんだったら全力で応援したい。

 

このメンバーでこの時間でこの場所で、一緒に集まって何かをつくるってのは「奇跡的なことだ」なんて思わない。集まるべくして集まったと思う。集まろうと思えば集められると思う。なんでも。すべてのことが起こることを信じている。

 

ただ、このメンバーでこの時間でこの場所で、一緒に集まって何かをつくるってのは最後かもしれないんだなと思って泣けてきたのは、5月の『トンマッコルへようこそ』の打ち上げでのことだった。

 

あの公演、というかあの座組は、色んな場所から寄せ集めの人たちだったことに変わりはないのだけど、ずっと一緒にやってきた劇団のようであって、客演をしてそう思ったのは久しぶりのことで、次の悪い芝居は絶対そういうチームにしたいなと思った。物語自体も生きるか死ぬかの戦争を題材にした話だったってのも大きかったかもしれない。そして、ふと新作を想ったとき、戦地にいる若ものたちの姿が浮かんだ。

 

不似合いな小銃を持った学生たち。

銃やヘルメットはスマホみたいにデコられていて、うんこちんちんで笑える若者たち。

『トンマッコル』でやたら戦争映画を資料としてみたときに印象に残ってるシーンはどの映画も笑ってる兵隊たちのシーンだったし、なんか、戦争モノをやりたいってよりも、過酷さの中の光を描きたいなって思った。バンドを題材にした芝居にするってのは1年以上前から決まっていて、そんな彼らと対峙するものたちがずっと決まらなかったんだけれども、銃を持って笑う学生たちが浮かんだ時に、すべてがつながった、気がする。

 

男の子のノリみたいなものはバンド「メロメロ」で描けるとして、同時に僕は女の子のノリを描きたいと思っていて、それはたしかチケ発イベントの時点でも、台本は全くなかったけど話していたと思う。

 

しかし残念なことに僕は女の子じゃないので想像で描くしかなかった。

 

それはもしかしたら、中学高校と友達がいなくてひとりラジオ聴きながら漫画描いてドラクエして夜はオナニーして寝るだけの繰り返しの毎日を送っていた男子校に通っていた僕が当時想像していた願望や希望だけのキレイゴトの女学生たちのノリでしかなかったかもしれないけど、そんなファンタジーでも説得力は絶対出せると出演者が決まった時点で確信を持てていたから、そのまま突き進んだ。

 

「インタビューやエチュードをくりかえして当て書きしたんですね」なんてことは言われたけど、そんなの全くしてないです。聞いたりなんかしたらつまんないやん。あの話に出てきた人たちはみんな僕の妄想の中の人物でしかないです。稽古場に来て稽古がはじまる前や休憩中なんかに染み出てくる匂いを鼻がイカレルまでかいでかいでクンカクンカしまくって、家で全裸になって妄想しながら書いた人物たちです。そう、みなさんとおなじような妄想をしたんです。みなさんも妄想しまくってるでしょ。妄想して書かせてもらえたんです。その人のほんとのことなんて誰もわかんないじゃない。この世の他人は全員、自分の妄想の中の化け物なんだ。

 

アイドル、ミュージシャン、役者、作家、漫画家、なんだっていい。

いい表現者はいつだって、その人へのたくさんのイメージをぼくたちにくれる。

人に何かを想わせる力を持っている。

悪い芝居メンバー含め、多くを語らない人たちだけが出てくれていたから、妄想しがいがあったし、書いてて楽しかった。

出演者が違ったら全然違う話だったろう。

人は生きてるだけで輝いている。ちゃんと目を開けて見ればいいだけ。

出会ってくれてほんとうにありがとうといいたい。

そんで彼ら彼女らは、僕が書いた人たちを殺さず生かしてくれた。

役は赤の他人であり、その他人との共通点や入り口を少しでも探して自分が演じるという大変おこがましい行為を我々はしなきゃならんわけで、現実世界で何度も何度も間違って何度も何度も泣かせ泣き裏切り裏切られて生きてきた一番難しい他人と自分という問題をしなきゃならんわけ。つらい。そらつらいわ。

 

でも、もし、1パーセントでもいい、それが出来たら、それはとても、幸せなことだと思う。

 

役者が役のことや物語の世界のことを考えず自分のことだけを考えることは殺人と同じだと僕は思っていて「ヘタクソでもいいので、役を殺すことだけはしないでください」と今回は初舞台の役者もいたので何度も何度も言ったけど、ほんとうにその言葉を信じて役や物語を考えてくれる人たちばかりだった。役者だけでなくスタッフもいつものそうある人たちばっかりだったし、自然と作品としてのかけ算は何倍にもふくらんでいった。

 

そして本番は、やってきたとこ全部忘れて×0して、新鮮な気持ちで挑んでくれと注文し、背中ごしに腕を突き上げ役者たちは出ていった。「たのむで」しか言ってないけどそれだけでよかった。初舞台は一生に一度だなんて言うけど、毎日、毎公演、初舞台で何年もやることはできると僕は思ってるし、「こういう場合はこうしときゃいいよ」なんてドヤ顔で言えるやつは全員売れてないからそのことには確信を持っている。

 

「今日で死ぬんじゃないか」

「本当に明日もこれをやるのか」

「本当にこれを何回もやってきたのか」

 

そんなことを客席で感じられる演劇を作っていきたいし、観たい。観たいものしか作りたくない。身体持つのかしらんけど。でも生でやる意味ってそこにしかないと思う。

 

ほんとうにお客さんはすごい。いつも思う。

僕が妄想した以上の妄想を作品から生み出してくれる。

あんたらすごいよ。何なんだよマジでほんとに。ありがとう。

 

こういう写真とるような劇団になりましたよ。侮辱する人はしてくれていいですよ。

ただ、なんだろうか、破壊したあとに生まれさせるってことを強くやっていきたいとここ数年思うようになって、素直に写真とりたくなった。自分で尖ろうとなんてして尖ったことなんてないのに「尖ってるねぇ」とか「悪いねぇ」とか言われてきて「うっせーしね」っつってやってきたけど、ほんとうにどうでもよくなった。

 

いまだに芝居の序盤はドン引きさせて嫌われるとこまでいって、そっからどこまで距離をつめて同化できるか、みたいなことにしかほんとの価値はないと思ってやってますんで、結局のとこと何の成長もしてないんで安心してください。

 

世界に一ミリも影響せんボクらと、世界に一ミリも影響せんあんたらとで、何の影響もなくおれたらええです。

 

生きる力をもらったなんて感想あったけど、ちがうよ、生きる力はあんたにあったんだよ。まちがいない。すべてがすばらしい。劇場ってのは、まだ自分が出会ってない自分の想像力や価値観に出会う場所や。

 

ほんで、小劇場って世界があってですね、ちょうど今回観てもらったくらいの劇場から、もっと小さいとこでやってたりするんですけど、そりゃ本音ゆうたら生活力も上げたいので悪い芝居は絶対これからも観てほしいけど、僕はね、正直どうだっていいんだ。

 

『メロメロたち』をキッカケに何か他の芝居も観に行ってくれたら、いい。

ちょっと落ち込んだときとか、好きな人とのデートとか、そういうときに選ぶ選択肢のひとつに小劇場が入ってくれたらそれでええです。

 

 

もうおわります。

役名とかセリフとか、そういうのの説明はしません。

想像してくれたらいいし、それが正解です。

『メロメロたち』はもう、あなたたちのものです。

 

 


 

 

あざました。

 

また会えるしさびしくなんかないよ。

 

誰かに抱きしめてほしくなんかないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| これ書いた直後、就寝 | 17:37 | comments(1) | - | pookmark |
2016
07.25
Monday
「世界中の人に自慢したいよ」の巻
author : 山崎彬


ただ寂しく、平穏に、4日間は過ぎていった。時間がひとりでに流れていった。自分勝手に吸い込まれていった。そして最後は情熱が勝つのだと信じ、書き、作り、演じ、気がついたら、スーパーマーケットのクーラーはとても肌寒くなっていた。

『メロメロたち』大阪公演、たくさんのご来場、ご声援、全部全部、ほんまに、ほんまにありがとうございました。

「中学生の僕よ、お前はそれなりに幸せになるぞ」と、顔面が【星のない夜空】でできた学ランを着た少年に僕はそう声をかけた。たぶん昔の自分だと思われる彼は少し笑った気がした。その瞬間、自分の屁の音で目を覚ました。ああ、そうか。だから今朝、現在に目を覚ましたはずなのに未来にトラベルした感覚だったのか。過去なんて見なくっていいなどという言葉を吐いてしまいがちですが、どうしたって僕は今すらも見れない、つまり、過去しか見れないわけで、そんで僕は未来を見ることってのは、じっくりじっくりと過去を見ることと同じだと思っていて、過去を見ない未来は結局過去のまんま何にも変わってないニセ未来だと思ってて、過去を見て、しっかり見て、すっかりなくなるまでしっかり見て、ようやく今という時間が過ぎてくれるんだと夢見ています。

 

中学生のとき、誰とも口をきかず、ラジオを聞きながら股間まさぐって見つめていた僕の部屋の天井には、たくさんの物語がまるで映画のスクリーンのように映し出されていた。約二ヶ月空けた東京の部屋にたまったバラエティ番組やドラマの録画を、同じ量だけたまったホコリをフ〜っと吹き飛ばすように消費するそんな感じで、この公演で削り落ちた命を再生して見てみる。その映像は、リモコンに触れてなくても少しコマ送りで、途中はブチブチ切れてるし、勝手に早送りになったり止まったりするけれど、見たくないところこそ鮮明に映りやがるのがおそろしい。

 

ほんまに最後は情熱が勝つのかな、って、とっても不安になるけれど、そう信じたい。すべてのことが起こることを信じたい。そして、すぐに諦めてしまうマンに変身しそうになる自分の首をもっともっと絞めつけたい。

もっと、もっと、うまく言えないけど、混ざり合って演劇をつくりたい。それができる仲間だった。そしてもっとそうなりたいと思える仲間になった。本番が終わった直後って、いろんなことが叶ったようでもあり、叶わなかったようでもあって、どういたらいいのか、いつもわかんなくなる。終わるために始めたはずの芝居は、じつは、始めるために終わっているのかもしれないなと、いつも感じる。

 

3月、チラシ撮影のあと、プレ稽古をした。メロメロたちで稽古場に入ったのはこの日が最初。

 

まだどんな芝居になるのかもわからんまま、京都にいたメンバーと、あんちゅと、アツムを呼びつけて、メロメロたちの細胞を作り出すみたいな稽古をした。メンバーから家のお風呂につかったような安心感と、あんちゅとアツムから目がくらむほどの希望の光を授かったことを覚えている。

 

強い風が砂埃をまき散らす、そんな荒野に、スカートをバタバタはためかせ、遠くを見つめてキリリと立つ主人公の少女が見えた日。そしてその少女は、そのまま、部屋の中に閉じ込められ、僕たちは彼女を救い出したいと胸を焦がす。だけど少女はいつだって僕たちの手の先にいる。そんな光景をその日の晩に見た。

 

そして僕は、僕しか見ちゃいけないノートに、僕しか読むことのできない文字で、その光景をメモった。絵のようでもあり暗号のようでもあった。筆圧はとても強かった。紙は破れて、血が出ていた。

 

やがて5月になり、ちょろちょろとセリフやト書きに変形していったそのグシャグシャメモは、稽古初日6月のあの日、一幕までの台本として世界ではじめて俳優たちに配られ、声となった。

 

初読み合わせで「途方もない本を書いてしまったな」って思ったのを覚えてる。悪い芝居メンバーはみんな僕の本をわかってくれてるおもろさが頭一つ抜けてたし、客演の初舞台ふたり、あんちゅはこれまでの人生で何があったのかわからんけど、彼女の声の舞台俳優には出せない透明感と屈折感のバランスがたまらんかったし、アツムはヘンテコな俳優やなと思ったし、若いくせにキャリアクソ長い祥太郎の安心感とそれゆえの世界のひん曲がった見方にはドキドキ興奮したし、俳優たちに何の不満もなかった。

 

ただ単純に、倒すべき魔物がとてつもなく大きく強かった。

不満がないことが怖かった。

具体的にいうと果たして間に合うだろうかと思った。

そんでそういう時こそ自分の心臓が高らかに響き、鼻息は強く鼻毛を揺らし、身体は痙攣するほどの武者震いを覚えた。

 

トウモロコシのてんぷらを「うまうま」食うてその日は解散した。と思う。

 

そうしてひと月半の稽古を乗り越え、メロメロたち大阪公演は大盛況の末、幕をとじた。

 

まだ東京公演が始まってないので多くは書けないけど、東京公演に期待してほしい想いで書き始めた久々のブログであるので、ちょっぴりだけ書くと、悪い芝居史上最高にひとつの団子になって作った公演やったと思う。みんな、前後のシーンへのつなぎに徹しながら、個性的で珍しい演技を繰り出していたし、ここ数年固定してきたスタッフ陣の絡み合いのバランスや出力の強弱も絶妙やった。

 

植田順平は、本人も僕も予想だにしていなかった初主演を、期待通りの綱渡りで演じ切ってくれた。僕は綱渡り俳優が大好きだ。

 

渡邊りょう、呉城久美は作品の大黒柱として、ひんまがってるのに頑丈にそびえ立っていて頼もしかった。りょうくんみたいな芝居したい。でけへんけど。

 

中西柚貴、長南洸生は、悪い芝居の未来を背負うために上りつかねばならぬ場所へのハシゴを自分の手で作り上げた。希望しかないし、必ずやその場所に上りきってほしい。楽したいからたのんだ。

 

北岸淳生、畑中華香は感慨深かった。決して真ん中を歩んできたふたりではないけれど、今作でど真ん中で腹見せて「切るなら切れ」と言わんばかりに立つ二人をみて、僕の心は何度も泣いた。顔は笑ってたけど。CR骨物語。

 

岡田太郎の音楽は、もう欠かせないもの。ないことが考えられない、そのうえ3度目の俳優で怪優に化けた太郎くんは、日に日におかしくなっていって、舞台上にも関わらず僕はニヤニヤがとまらなかった。

 

アツムの珍演、そしてギターから放つうめき声のようなあの音もまた太郎を刺激したのだろう。アツムはアツムで、気の狂った俳優としてデビューを駆け抜けた。「今度普通の役やりたいです」なんてゆうてるけど僕は普通の役なんか書けへんから、ごめん。

 

祥太郎は、20歳という公式プロフィールはたぶん嘘で、僕と同じ中学に通ってたと思う。そうじゃないと色々つじつまがあわへん。この先の僕にとって、忘れてはならぬ人になった。

 

石塚朱莉、この人が演劇界で俳優として産声を上げたことは、スーパーグッドニュースだと確信してる。10年後、答え合わせしようぜ。10年もいらんか。とにかく、これから背負いきれないくらいのものを背負って、ど真ん中に立ってほしいし立ち続けてほしい。ど真ん中が似合う人。

 

プロデューサー、演出助手、制作、絵を描く人、受付やチケット回り、宣伝協力、表に浮かび上がらんけど、そのどれもが欠けてはならんかったし、たくさんの力をくれた。

 

俺は、こんなにも素敵な、たくさんの人たちに作品を作ってもらって、たくさんの関西のお客さんに拍手をもらって、もう死ぬかもしれない。死ぬかもしれない、最期かもしれない、そんな気持ちで毎回つくってて、特に今回はその思いが強かったから、よりみんなの声が身に染みる。

 

毎回毎回、「もうちょい生きなよ」と言ってもらって、次の公演につながってきてる。

 

ふざけんなよ。東京公演まで生きてもうたやんけ。ありがとう。

 

はじめて東京に悪い芝居を持ってきた7年前、駅の便所の壁につけられた鼻クソよりも気づいてもらえなかった僕たちは、ここまでやってこれました。その鼻クソ時代から観てくれてた人たちとまた劇場で会いたいな。

 

悪いけど劇団でしか出せない、そんじょそこらの何となしのプロデュース公演なんかかすり傷もつけられん、相手にもならない、感想を述べる言葉も出てきやしない、そんな芝居になりました。ハードル高くしてくれていい。きっと高すぎて飛べはせんけど、軽々へし折ってやります。ハードル折るの大好きなんで。そんで細かく折ったハードルをオリーブオイルでいためて、岩塩と黒コショウ振って、刻んだとろけるチーズと絡めて、ペンネ食べるみたいな感じで食べたりますわ。

 

大口叩きましたけど、ただただ、あなたと一緒。

 

演劇が好きなだけ。

 

時代に乗り遅れた、こういうのも、たまにはいいでしょ。

 

もう言葉はいらない。

 

劇場で会おっか。

 

『メロメロたち』東京公演、いよいよ開幕。

 

(↑クリックorタップしたら特設サイトに飛びます)

 

悪い芝居vol.18『メロメロたち』

 

作、演出 山崎彬

音楽   岡田太郎

出演   植田順平

     岡田太郎

     北岸淳生

     呉城久美

     長南洸生

     中西柚貴

     畑中華香

     山崎彬 

     渡邊りょう(以上、悪い芝居)

      ・

     石塚朱莉(NMB48)

     大久保祥太郎(D-BOYS)

     アツム(ワンダフルボーイズ)

    

【会場・日程・チケット予約】

 

●東京公演
赤坂RED/THEATER
2016年7月26日(火)〜31日(日)
26日(火) 19:00
27日(水) 19:00
28日(木) 14:00/19:00
29日(金) 19:00
30日(土) 13:00/18:00
31日(日) 13:00








 

 

| 書いても、まだ起きてる | 16:32 | comments(0) | - | pookmark |