2016
08.15
Monday
「タイトル未定」の巻
author : 山崎彬

稽古場で時間をかけるのは、刹那的に産まれる何かの純度を少しでも役と世界に近づけるためじゃないのか。やってきたからこそ出会える瞬間、それが初めて目の前で行われるのが演劇じゃないのか。やってきたことを踏まえて繰り返すのではなく、やってきたから忘れても繰り返せるのではないのか。君は事件を無感情で報道したいのか。僕たちをその事件当日に連れていってくれないのか。

何を言われようが、ずっとやってきた方だけを信じ、影響されるつもりはないという宣言とその正当化でしかない。それこそ独り善がりとは言えないか。ひとつの可能性を私的感情として押さえつけるのは何の為か。その私的感情の私的が「役としての私的」なら大歓迎だ。

舞台上に役者はいらない。役しかいらない。例えば「キスをしたい」その衝動が役なのか役者なのか、それをちゃんとジャッジしてほしい。演出家が、役者が。まわりが変わったことに役者としてイラつく前にそれすらも役として受け入れてみる。舞台上で自分や他人の演技に点数つけだしたらおわり。一瞬で世界は滅びる。脆い。

何の為の演技なのか、それを考えることは確かに大切だけど、演出家の為とか、やってきた稽古の為とか、ファンの為とか、次の仕事の為とか、プライドの為とか、舞台上にいてもなお、そんなん考えてるなら殺人と一緒や。役殺し。一人の役を殺したら、他の役も死ぬ。大量殺人。


ゴタゴタどうでもいいから、役としていてくれ。

役は、何の為の演技かなんて、考えてないから。


君は、役や世界の話をしてるのか。

それとも、私は演技ってこう思うって話をしてるのか。

後者なら、もうそんなこと考えるのはやめたほうがいいよ。

僕を先生にするな。段取りや台詞の奴隷になるな。台詞もつけた演出も、役として生きるための一部でしかない。初舞台とかキャリアがあるとかしらん。言われたこと全部忘れて舞台にいてほしい。そして目の前で起こることにちゃんと感動してほしい。全部忘れても、そうやって稽古を過ごしてそうやって舞台上にいたら、その世界に必要な光を放つから。その光は、自分では出したつもりのない光。発した光。出光ではなく発光を目指そう。自分で光るな。電気になるなバカタレ。役が、世界が、相手が太陽。照らされて光れ。星になれ。

そう少女たちには話しています。


少女たちは素直です。ただただ素直です。まだまだ無名やし、何も成し遂げてないし、お金はとれへんし、ドヘタクソやけど、プライドで凝り固まった打っても響かない役者なんかより、だただ素直なので、観てられます。

 


芝居で戦えよ。
自分が守りたいもので戦うなよ。
 

 

あ、稽古場は笑いが耐えません。

イモムシ体操しています。




 

| これ書いた直後、就寝 | 01:58 | comments(0) | - | pookmark |
2016
08.01
Monday
「ヘッドホンをはずして、ちょっとだけ目を開けて」の巻
author : 山崎彬

夢に出てきたって話を聞かされたとき、夢の中の景色ではなく寝汗にまみれた寝顔が飛び込んできた。

 

梅雨はあけ太陽が本気を出し始めたころ、ぼくは地下に引きこもり、あいかわらず叫んだり飛び跳ねたりドラム缶に頭をぶつけたりヒザを怪我したりしていた。逃げるなと指さされてようとも、それが全力の逃亡なんだったら全力で応援したい。

 

このメンバーでこの時間でこの場所で、一緒に集まって何かをつくるってのは「奇跡的なことだ」なんて思わない。集まるべくして集まったと思う。集まろうと思えば集められると思う。なんでも。すべてのことが起こることを信じている。

 

ただ、このメンバーでこの時間でこの場所で、一緒に集まって何かをつくるってのは最後かもしれないんだなと思って泣けてきたのは、5月の『トンマッコルへようこそ』の打ち上げでのことだった。

 

あの公演、というかあの座組は、色んな場所から寄せ集めの人たちだったことに変わりはないのだけど、ずっと一緒にやってきた劇団のようであって、客演をしてそう思ったのは久しぶりのことで、次の悪い芝居は絶対そういうチームにしたいなと思った。物語自体も生きるか死ぬかの戦争を題材にした話だったってのも大きかったかもしれない。そして、ふと新作を想ったとき、戦地にいる若ものたちの姿が浮かんだ。

 

不似合いな小銃を持った学生たち。

銃やヘルメットはスマホみたいにデコられていて、うんこちんちんで笑える若者たち。

『トンマッコル』でやたら戦争映画を資料としてみたときに印象に残ってるシーンはどの映画も笑ってる兵隊たちのシーンだったし、なんか、戦争モノをやりたいってよりも、過酷さの中の光を描きたいなって思った。バンドを題材にした芝居にするってのは1年以上前から決まっていて、そんな彼らと対峙するものたちがずっと決まらなかったんだけれども、銃を持って笑う学生たちが浮かんだ時に、すべてがつながった、気がする。

 

男の子のノリみたいなものはバンド「メロメロ」で描けるとして、同時に僕は女の子のノリを描きたいと思っていて、それはたしかチケ発イベントの時点でも、台本は全くなかったけど話していたと思う。

 

しかし残念なことに僕は女の子じゃないので想像で描くしかなかった。

 

それはもしかしたら、中学高校と友達がいなくてひとりラジオ聴きながら漫画描いてドラクエして夜はオナニーして寝るだけの繰り返しの毎日を送っていた男子校に通っていた僕が当時想像していた願望や希望だけのキレイゴトの女学生たちのノリでしかなかったかもしれないけど、そんなファンタジーでも説得力は絶対出せると出演者が決まった時点で確信を持てていたから、そのまま突き進んだ。

 

「インタビューやエチュードをくりかえして当て書きしたんですね」なんてことは言われたけど、そんなの全くしてないです。聞いたりなんかしたらつまんないやん。あの話に出てきた人たちはみんな僕の妄想の中の人物でしかないです。稽古場に来て稽古がはじまる前や休憩中なんかに染み出てくる匂いを鼻がイカレルまでかいでかいでクンカクンカしまくって、家で全裸になって妄想しながら書いた人物たちです。そう、みなさんとおなじような妄想をしたんです。みなさんも妄想しまくってるでしょ。妄想して書かせてもらえたんです。その人のほんとのことなんて誰もわかんないじゃない。この世の他人は全員、自分の妄想の中の化け物なんだ。

 

アイドル、ミュージシャン、役者、作家、漫画家、なんだっていい。

いい表現者はいつだって、その人へのたくさんのイメージをぼくたちにくれる。

人に何かを想わせる力を持っている。

悪い芝居メンバー含め、多くを語らない人たちだけが出てくれていたから、妄想しがいがあったし、書いてて楽しかった。

出演者が違ったら全然違う話だったろう。

人は生きてるだけで輝いている。ちゃんと目を開けて見ればいいだけ。

出会ってくれてほんとうにありがとうといいたい。

そんで彼ら彼女らは、僕が書いた人たちを殺さず生かしてくれた。

役は赤の他人であり、その他人との共通点や入り口を少しでも探して自分が演じるという大変おこがましい行為を我々はしなきゃならんわけで、現実世界で何度も何度も間違って何度も何度も泣かせ泣き裏切り裏切られて生きてきた一番難しい他人と自分という問題をしなきゃならんわけ。つらい。そらつらいわ。

 

でも、もし、1パーセントでもいい、それが出来たら、それはとても、幸せなことだと思う。

 

役者が役のことや物語の世界のことを考えず自分のことだけを考えることは殺人と同じだと僕は思っていて「ヘタクソでもいいので、役を殺すことだけはしないでください」と今回は初舞台の役者もいたので何度も何度も言ったけど、ほんとうにその言葉を信じて役や物語を考えてくれる人たちばかりだった。役者だけでなくスタッフもいつものそうある人たちばっかりだったし、自然と作品としてのかけ算は何倍にもふくらんでいった。

 

そして本番は、やってきたとこ全部忘れて×0して、新鮮な気持ちで挑んでくれと注文し、背中ごしに腕を突き上げ役者たちは出ていった。「たのむで」しか言ってないけどそれだけでよかった。初舞台は一生に一度だなんて言うけど、毎日、毎公演、初舞台で何年もやることはできると僕は思ってるし、「こういう場合はこうしときゃいいよ」なんてドヤ顔で言えるやつは全員売れてないからそのことには確信を持っている。

 

「今日で死ぬんじゃないか」

「本当に明日もこれをやるのか」

「本当にこれを何回もやってきたのか」

 

そんなことを客席で感じられる演劇を作っていきたいし、観たい。観たいものしか作りたくない。身体持つのかしらんけど。でも生でやる意味ってそこにしかないと思う。

 

ほんとうにお客さんはすごい。いつも思う。

僕が妄想した以上の妄想を作品から生み出してくれる。

あんたらすごいよ。何なんだよマジでほんとに。ありがとう。

 

こういう写真とるような劇団になりましたよ。侮辱する人はしてくれていいですよ。

ただ、なんだろうか、破壊したあとに生まれさせるってことを強くやっていきたいとここ数年思うようになって、素直に写真とりたくなった。自分で尖ろうとなんてして尖ったことなんてないのに「尖ってるねぇ」とか「悪いねぇ」とか言われてきて「うっせーしね」っつってやってきたけど、ほんとうにどうでもよくなった。

 

いまだに芝居の序盤はドン引きさせて嫌われるとこまでいって、そっからどこまで距離をつめて同化できるか、みたいなことにしかほんとの価値はないと思ってやってますんで、結局のとこと何の成長もしてないんで安心してください。

 

世界に一ミリも影響せんボクらと、世界に一ミリも影響せんあんたらとで、何の影響もなくおれたらええです。

 

生きる力をもらったなんて感想あったけど、ちがうよ、生きる力はあんたにあったんだよ。まちがいない。すべてがすばらしい。劇場ってのは、まだ自分が出会ってない自分の想像力や価値観に出会う場所や。

 

ほんで、小劇場って世界があってですね、ちょうど今回観てもらったくらいの劇場から、もっと小さいとこでやってたりするんですけど、そりゃ本音ゆうたら生活力も上げたいので悪い芝居は絶対これからも観てほしいけど、僕はね、正直どうだっていいんだ。

 

『メロメロたち』をキッカケに何か他の芝居も観に行ってくれたら、いい。

ちょっと落ち込んだときとか、好きな人とのデートとか、そういうときに選ぶ選択肢のひとつに小劇場が入ってくれたらそれでええです。

 

 

もうおわります。

役名とかセリフとか、そういうのの説明はしません。

想像してくれたらいいし、それが正解です。

『メロメロたち』はもう、あなたたちのものです。

 

 


 

 

あざました。

 

また会えるしさびしくなんかないよ。

 

誰かに抱きしめてほしくなんかないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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| これ書いた直後、就寝 | 17:37 | comments(1) | - | pookmark |